トピックス

給与デジタル払い制度の解禁を読み解く(2023.4)

報道発表
  • 2023年4月3日、PayPay株式会社が厚生労働省に「給与デジタル払い」の指定申請を提出したことが報じられました(2023年4月1日付)。給与デジタル払いは、労働者に賃金の受け取り方法としてキャッシュレス決済や送金サービスを選択できる制度です。一定の条件を満たした場合、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への給与デジタル払いが可能となります。
  • auペイメント株式会社、楽天グループ、リクルートと三菱UFJフィナンシャルグループが共同出資する株式会社リクルートMUFGビジネス等も同じく申請しています。

【出典】

「賃金のデジタル払い(給与デジタル払い)に向けて厚生労働省へ指定申請を提出」

(PayPay株式会社のプレスリリースより)

規制解説
  • 労働基準法では賃金は通貨で支払われることが原則とされています。しかし、これまでも労働基準法施行規則第7条の2第1項により、労働者が同意すれば銀行口座や証券総合口座への賃金支払が認められていました。今回、令和5年4月1日に改正労働基準法施行規則が施行され、資金移動業者の口座への賃金支払いが新たな選択肢として可能になっています。
  • 賃金のデジタル払いが可能になのは、厚生労働大臣が指定した第二種資金移動業者のみです。指定資金移動業者の指定申請は令和5年4月1日から受付が開始され、審査が完了した後に労使協定が締結されることで、事業場で賃金のデジタル払いが導入されます。厚生労働省によると、この審査には数か月かかることが見込まれています。
  • 厚生労働大臣の指定の条件として、以下を満たす必要があります。

 ①口座残高を 100 万円以下にするための措置

 ②破綻時等の資金保全の仕組み

 ③不正取引時の補償

 ④口座残高を一定期間利用しない場合の債務

 ⑤口座への資金移動

 ⑥口座からの資金移動

 ⑦報告体制

 ⑧技術的能力・社会的信用

  • 賃金のデジタル払いが可能となるには、各事業場で労使協定を締結し、労働者が賃金デジタル払いに同意した場合に限ります。事業場は、労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は労働者の過半数を代表する者と、賃金デジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指定資金移動業者の範囲等を記載した労使協定を締結する必要があります。
  • 労働者の視点で述べると、賃金のデジタル払いは労働者が希望する場合に限り賃金の支払・受取の選択肢として選べるものであり、必ずしも利用しなければならないわけではありません。従来通り、銀行口座や証券総合口座で賃金を受け取ることもできます。また、賃金の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座等で受け取ることも可能です。ただし、現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払は認められません。
  • 賃金のデジタル払いを選択する際には、労働者が留意事項を理解し、同意書に賃金のデジタル払いで受け取る賃金額や資金移動業者口座番号、代替口座情報等を記載して提出することが必要です。また、資金移動業者口座を「預金」の目的ではなく、支払や送金に利用することを理解し、支払等に使う見込みの額を受け取るようにする必要もあります。加えて、指定資金移動業者が破綻した場合でも、口座残高が保証機関から速やかに弁済されることを知っておかなくてはいけません。

 【出典】

厚生労働省:「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」


厚生労働省労働基準局賃金課:「資金移動業者の口座への賃金支払に関する資金移動業者向けガイドライン

(令和5年3月8日)」

専門家の視点
  • 給与デジタル払いをする可能にするためには資金移動業者が厚生労働大臣への指定を受ける必要がありますが、資金移動業は第二種資金移動業者である必要があります。資金移動業者は第一種、第二種、第三種に分かれますが、第一種と第三種は当該指定を受けることができません。では、「どうして第二種資金移動業者のみが給与デジタル払いが許されるか」という点を論じます。第二種資金移動業者は、一件あたりの送金額が100万円までと定まっており、具体的な送金指図を伴わない為替取引の資金の受け入れが可能です。全資金移動業者84社中83社が第二種資金移動業者です(金融庁 資金移動業者登録一覧 令和5年3月15日現在)。一件あたりの送金額が100万円と給与として適度な制限があること、労働者がデジタル払いされた賃金を為替取引の対象として自身のアカウントで保有できること、ほぼ全ての資金移動業者が第二種資金移動業者であることを踏まえると、給与デジタル払いを第二種資金移動業者に限定するのは妥当かと考えます。一方、第一種資金移動業者は一件あたりの送金額に制限はなく、具体的な送金指図を伴わない為替取引の資金の受け入れが禁止されています。労働者がデジタル払いされた賃金を為替取引の対象として自身のアカウントで保有できない以上、給与デジタル払いの適用は不可能になります。第三種資金移動業者は一件あたりの送金が5万円までしかできないので、給与としては不足すると考えられます。
  • 行政手続きで注意すべき点としては、厚生労働省への指定申請と、財務局への手続き(資金移動業の登録申請又は変更届)を相互に調整しつつ進めることでしょう。これまでの経験からも、他の行政庁の管轄が絡む場合、財務局は当該行政庁との調整を重んじる傾向があります。過去には、給与デジタル払いではないですが、銀行口座への給与先払いサービスのための資金移動業登録申請手続きを進める中で、財務局から「厚生労働省への照会結果を教えてください」と質問されたりしています。給与デジタル払いにおいては、厚生労働省への指定申請から指定まで数か月間に及ぶとすれば尚更です。
  • これまで労働者の賃金の振込を担っていた銀行からすると、給与デジタル払いは望ましいものではないでしょう。利用者の保護の観点もありますが、銀行はこれまで給与口座の受け入れ先という立場から大きな利益を得ていたからです。労働者は、銀行口座に振り込まれた賃金をそのまま預金することが多いです。銀行は、自行に給与口座を持つ当該労働者に資産運用や住宅ローン等の各種金融サービスの提案をして利益を得るという構造です。もし、給与デジタル払いの割合が増えれば、それらから受ける利益が減少することになります。実際、令和5年4月3日の報道では、全国銀行協会の新会長に就任したみずほ銀行の加藤勝彦頭取は、就任後初めての会見で「例えば資産運用や住宅ローンの提案機会が減る等、今回デジタル給与の払いが進むということは、銀行ビジネスにも一定の影響が出る可能性があるというふうにも思っています」と述べています。もちろん、給与デジタル払いへの移行が急速に進むとは考えづらいですが、労働者の2割が給与デジタル払いへ移行するだけで、上記の各種金融サービス提案による利益は目に見える形で減ることになります。「銀行の土管化」という言葉が叫ばれて久しいですが、銀行業界は既存の利益構造が解体されていく危機感があるように思います。

[執筆者情報]

主任コンサルタント 行政書士 
清水 侑