恩着せがましい言葉の弊害
投稿日:2010年7月11日
子供を教育している真っ最中なので、教育に関する本をよく読むようになった。
『 子供の自信をつける言葉 トラウマになる言葉 』 (加藤諦三著) によれば、
(以下引用)
おまえを食べさせるために、今日もイヤな会社に行かなければならない、いう顔を毎朝父親にされたら、子どもは自分に自信を失い、鬱になるだろう。
自分なんかいないほうがいいのだ、と感じた子どもがどうして生きることに積極的になれるだろうか。
親が不満いっぱいで働いてくれても、子どもは喜ばない。
しかし恩着せがましい親とつき合うためには、それでも子どもは感謝をしなければならない。
そこで自分の本当の感情を抑圧しなければならない。
そしてそれがひどくなれば最後は鬱病になる。
(引用終わり)
子どもの心理を知らないばかりに、子どもの心を傷つけてしまっている親がたくさんいる。
「あなたが生まれて苦労した。」
「教育費がかかるからパートに出ないといけなくなった。」
「送り迎えがしんどい。」
「あなたが生まれてからいいことがない。」
「教育にお金がかかって大変。」
「お父さんと結婚しなきゃ良かった。」
このような言葉は、時に、子どもの存在を否定し、大きな傷を残してしまいます。
このくらい言っても許してもらえるだろう、
毎日世話しているのだからこのくらい我慢してもらわないと、・・・
そんな親の甘えが、子どもを将来に渡って苦しめることを知らな過ぎた。
あまりに軽く考えすぎたと私は思う。
子どもの存在を否定し、その自信を奪いながら、もう一方で、頑張れと旗を振る。
そんな矛盾だらけの家庭教育がまかり通ってきた結果が、現在の社会状況に現れてきたのだと思う。
やはり、家庭教育が基本の基本。
どんなにしんどいときにも、親であり続けたい。
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