橋本 真希

乃木希典の少年時代

20世紀初頭の日露戦争において多大な功績を残した乃木希典は、
陸軍大将としてのイメージからは想像がつかないのですが、
幼少時代は体が弱く、そのうえ臆病な性格だったそうです。
しかし、両親の教育もあり、この弱点を克服することができました。
 
 

父は、長府の藩士で、江戸にいましたが、自分のこどもがこう弱虫では困る、どうにかして、子供のからだを丈夫にし、気を強くしなければならないと思いました。
(中略)
ある年の冬、大将が、思わず「寒い。」と言いました。父は、「よし。寒いなら、暖かくなるようにしてやる。」といって、井戸ばたへつれて行き、着物をぬがして、頭から、つめたい水をあびせかけました。大将は、これからのち一生の間、「寒い。」とも「暑い。」ともいわなかったということであります。
 
母もまた、えらい人でありました。大将が、何かたべ物のうちに、きらいな物があるとみれば三度三度の食事に、かならずそのきらいな物ばかり出して、すきになれるまで、うちじゅうの者が、それをたべるようにしました。それで、まったく、たべ物にすききらいがないようになりました。
 

精撰「尋常小學修身書」(小学館文庫) p70より抜粋


寒さや苦手な食べ物があったときに、それに徹底的に順応することで克服したのです。
今の時代で同じようなことをさせるのは、体罰のような感じもして些か抵抗がありますが、
時代や環境に特有の要素を除いて上記の話を読むと、考えさせられる部分もありました。

現代は「得意を伸ばす」「好きなことだけで生きていく」といった考えが
広く認められるようになり、だいぶ生きやすい世の中になりました。
一方で、自分にとって都合の良いもの、快適で無害なことに慣れきってしまうと、
少しの環境の変化や困難に対応するだけのレジリエンスも簡単に失われてしまいます。
そして、何より人生の幅が知らず知らずのうちに狭まっていく気がしてなりません。
苦難に遭遇しても努力と忍耐で前へ進んでいくような経験をした人にしか得られない収穫が確かにあると思います。

変化に富んだこれからの時代には、良い変化も悪い変化もあるでしょう。
個人や企業がそうした変化に振り回されず、その時々の目標や理想に向かって進み続けるためには、
コンフォートゾーンを抜け出す勇気と行動も時には役に立つことがあるのではないでしょうか。